ゆりさわべんざいてん
宮城県伊具郡丸森町百合沢
幾度もの災害に見舞われ、回りの様子も変わり果てておりましたが、 第七代聖人により、代々、不動明王の伝統を再現すべく、 古く荒れ果てた本堂の修復、増作、本堂前の池の再現、 日吉大神の御神体、地蔵..
幾度もの災害に見舞われ、回りの様子も変わり果てておりましたが、 第七代聖人により、代々、不動明王の伝統を再現すべく、 古く荒れ果てた本堂の修復、増作、本堂前の池の再現、 日吉大神の御神体、地蔵菩薩、山神を本堂脇に移し、 より多くの人々が参拝できるようにと参道拡張工事に及び、 再興されて参りました。 幾度もの災害に見舞われ、回りの様子も変わり果てておりましたが、 第七代聖人により、代々、不動明王の伝統を再現すべく、 古く荒れ果てた本堂の修復、増作、本堂前の池の再現、 日吉大神の御神体、地蔵菩薩、山神を本堂脇に移し、 より多くの人々が参拝できるようにと参道拡張工事に及び、 再興されて参りました。
しかし、昭和57年7月、再び台風の被害にあい、 本堂の裏山のガケ崩れに見舞われ、本堂は押しつぶされ 又、再興となりました。
今まで何度となく自然災害にあい、又、再び無残な姿を目のあたりにした 当尊の信者各位より、「御不動様、弁天様を安全な場所に お祀りできないだろうか、そして参拝するのに安全な場所はないものか」
との声が次第に大きく広がっていきました。
昭和57年、分骨されるに至り、百合沢弁財天不動尊、 昭恩閣を建立し、翌、昭和58年、3月、 百合沢弁財天不動尊本堂を建立。
三大不動として現在に至っております。 当尊は、仏法に従った道しるべとして、又、霊験あらたかなる神として、 多くの皆様より崇拝されております。」 しかし、昭和57年7月、再び台風の被害にあい、 本堂の裏山のガケ崩れに見舞われ、本堂は押しつぶされ 又、再興となりました。
三大不動として現在に至っております。 当尊は、仏法に従った道しるべとして、又、霊験あらたかなる神として、 多くの皆様より崇拝されております。」
弁財天 不動明王
阿武隈急行線 丸森駅から 25分
15分
無料
2台分
あり