こうぼうじ
島根県出雲市下古志町167
当寺は天平年間領主公郷形部臣が新造院を建立し、大日如来を本尊としていた。その後大同2年(807)高祖大師が唐土より皈朝し勅を奉し諸国を遊歴し法門を弘め給ふ時偶、当寺に錫を留めて真言を唱えられた 自身..
当寺は天平年間領主公郷形部臣が新造院を建立し、大日如来を本尊としていた。その後大同2年(807)高祖大師が唐土より皈朝し勅を奉し諸国を遊歴し法門を弘め給ふ時偶、当寺に錫を留めて真言を唱えられた 自身のお姿を刻み三十三才の厄除の御像として大師堂に安置された。当寺は興法寺と称していた。後、承久3年(1221)後鳥羽上皇隠岐へ遷幸の際、当山を信仰され給い御震筆の不動尊を御寄附になり、今尚当寺の宝物として残されている。その後佐々木伊豫守、毛利輝元、松平出羽守等領主公の信仰篤く御寄附の跡が見られる その後大師様の御遺徳を慕い各地に大師講が出来隆盛を極めていたが、以後戦争の頃より次第に減り今は僅かに残すのみとなっている。
金剛頂山
高野山真言宗
大同2年(807)
大日如来
出雲国七福神巡り 第五番札所 弁財天
西出雲駅から徒歩22分
無料
25分
有り