はずじんじゃ
愛知県西尾市吉良町宮崎宮前60
「延喜式神名帳」に小社幡豆郡とある神社で景行天皇の四十年、日本武命、征東の副将軍建稲種命聖戦の帰途駿河湾にて逝去その遺体幡豆の岬に漂 着し里人手厚く葬る。その後文武天皇大宝二年(七〇二) 九月九日社..
「延喜式神名帳」に小社幡豆郡とある神社で景行天皇の四十年、日本武命、征東の副将軍建稲種命聖戦の帰途駿河湾にて逝去その遺体幡豆の岬に漂 着し里人手厚く葬る。その後文武天皇大宝二年(七〇二) 九月九日社殿を建て矛を納め神体とした。「文徳実 録」に仁寿元年(八五一) 十月幡豆神に從五位下を授くとあり、醍醐天皇 (八九七一九三〇) 社殿大破した のを藤原時平に命じて造営神剣をおさめた。足利尊 氏、今川義元、織田信長らの崇敬あり。住民の信仰も あつく、一名羽利神社とも称して漁民釣針を奉献する 慣習あり。明治五年九月日郷社に列し同四十年十月 二十六日、供進指定をうく。同四十三年八月四日、字 丸山の八幡宮と字退張地の琴平社を本社に合祀する。 大正十年三月二十六日、県社に昇格した。昭和十九年 十二月二十七東海地震に幣殿八・七五坪、神門一〇 ○坪倒潰。平成二年十月拝殿の瓦葺屋根替、同三年三月本殿の桧皮葺屋根替を完了。
建稲種命 誉田別尊 大物主神
旧縣社 7等級 式内社(小)
本殿流造 4.00坪 拝殿 15.00坪 社務所 70.00坪 絵馬殿 10.00坪
10月第一日曜日
幡頭神社本殿(重文) 神明社 熊野社(県文) 古刀一振 作者奉納者不詳 鉄弓と矢各三ヶ延元二年足利尊氏奉納 古面一獅子頭一応永七年足利義満奉納 神鏡二面 鎗一挺 狗犬一対
有り